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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1710号 判決

原告

渡辺醇三

右訴訟代理人

道本幸伸

永井均

被告

湯浅清

右訴訟代理人

井原一

主文

一  被告は原告に対し別紙目録記載の株券を引渡せ。

二  被告は原告に対し金一万五〇〇〇円および内金七五〇〇円に対する昭和五四年四月一日から、内金七五〇〇円に対する同年一〇月一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は第一、第二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、

原告は、野村証券に委託して昭和五四年二月九日付で訴外会社の株式一〇〇〇株を代金三六九万円で買受け、その株式に見合う株券(千株券一枚、番号9D〇〇六八六号、被告名義)が野村証券から同月二二日原告宛発送され、原告に引渡されたこと、他方被告は、同じく野村証券に委託し自己の所有する訴外会社の株式一〇〇〇株を同月一五日付で売却し、同月二〇日その代金の精算をしたこと、そして、原告は、右株券の名義を同年一一月二八日被告の名義から自己の名義に書換えたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、確かに売りと買いの日付がくい違つていて、後者の日付が先になつてはいるものの、被告名義の千株券が被告の売却日付よりも後である昭和五四年二月二二日に野村証券から原告に発送されているのであるから、同証券の仲介でおそくとも同月一五日には原、被告間に右株式の売買が成立していたものと認めるのが合理的であり、少なくとも被告が主張するように、同月一五日以降に被告から第三者が買つて、さらに第三者から原告が買受けたなどということはありえないというべきである。

二次に、請求の原因2の事実は当事者間に争いがない。そして、被告は、前記一〇〇〇株の株式を昭和四マ五マ年二月一五日に売却し、同月二〇日代金の精算をしている以上、右日時以降右株式の配当を自己が受領する権限のないことも当然知つていたものと認められる。

そうすると、被告は、右株式の配当たる新株や配当金を、原告に対する関係では、法律上原因なく原告の損失のもとに利得したことになるから、これを原告に返還する義務がある。

三そこで、被告の抗弁につき考えるが、被告主張の規則と条項の存在は当事者間に争いがないところ、被告は、日本証券業協会員である野村証券を通じて取引を行なつた場合、原、被告のような協会員でなくとも、右規則が適用されるとする商慣習があるというけれども、かかる慣習の存在を認めるに足る証拠はない。もつとも、被告の主張にそう学説もないわけではないが、他方有力な反対説もあり、このことは右慣習の存在の否定にもつながるといえよう。右規則が協会員間の証券取引の単純明確化を目的として制定されたことにかんがみると、協会員以外の一般私人間の証券取引に関してまで、それが協会員を介してなされたとの一事によつて、右規則を適用しなければならない合理的根拠はみいだしがたく、やはり、右の取引の法律関係には、民法等の一般法理を適用するのが正しいと考えられる。したがつて、右規則の適用を前提とする被告の抗弁はいずれも採用できない。

そうすると、前記認定事実によれば、被告は原告に対し本件株券を引渡すべきであるし、配当金一万五〇〇〇円と内金七五〇〇円(請求の原因2・(二))に対するその配当の日の翌日である昭和五四年四月一日から、内金七五〇〇円(同2・(三))に対する同じくその配当の日の翌日たる同年一〇月一日から各完済に至るまでの民法所定年五分の割合による利息を支払う義務があることが明らかである。

四ところで、原告は、右のとおり本件株券の引渡しを求めるとともに、その引渡のできないときは、金五七万八〇〇〇円(本件株券の配当時における市場価格)とこれに対する配当の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めている。

まず、その引渡請求は、明らかに特定物(別紙目録参照)の引渡請求であり、それ故、引渡ができないときとは、将来の執行が不能なときを意味しているといえる。このように、特定物の引渡を求めると同時に将来の執行不能を条件とする填補賠償を請求する場合、その填補賠償額は、本件最終口頭弁論期日(昭和五六年一月二九日)におけるその特定物の時価でなければならず、これを原告において主張立証する責任があるのは当然である。しかるに、原告は、配当当時における市場価格をもつて本件株券の填補賠償額というが、株式というものの時価は、その時々の経済状勢、当該株式を発行している会社の経営状態や信用等によつて日々変動することは経験則上疑う余地がないから、配当時の市場価格が原告主張のとおりであつたとしても、直ちにこれをもつて口頭弁論終結時における本件株券の時価とみることはできないし、また右終結時における本件株券の時価を認める証拠もない。

さらに原告は、右填補賠償請求の遅延損害金の起算日を配当日の翌日としているけれども、そもそも右の填補賠償請求権は、執行不能の時に発生する期限の定めのない債権であるから、いかに早くみても、遅延損害金の起算日は、執行不能の日の翌日と解する以外にない。

いずれにせよ、原告の右請求は理由がない。〈以下、省略〉

(大澤厳)

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